| 携帯版 |
|
|
|
NLPの原理と道具「言葉と思考の心理学手法」応用マニュアルベテラン度:
★☆☆
ジョセフ・オコナー,
ジョン・セイモア,
橋本敦生パンローリング 四六判 328頁 2019年7月発売 本体 2,000円 税込 2,200円 国内送料無料です。 品切れのためご注文いただけません。 (発送可能時期について) Tweet
NLPの格好の入門書であるとともに長く読み返せる参考書読者のご意見 ●体験するのが一番だ NLPとは何か? NLPと呼ばれる考え方とはどんなものか? もしこのような質問を受けたら「どんな分野であれその道に優れた人々を研究して、そのパターンを学ぶ方法」だと答えるだろう。 NLPは、人にその本領を発揮させるための芸術でもあり科学でもある。人は誰もその人独自の人格とスタイルで物事を行なうし、それは言葉や技法を超えたものだから芸術である。また、あらゆる分野で際立った業績を挙げた天才的な人々のパターンを解析する方法と手順を持っているから、それは科学でもある。この手順をモデリングといい、それによって発見されたパターンや技法や技術は、カウンセリング、教育およびビジネスなどの分野でより有効なコミュニケーション、能力開発、迅速学習を求めてますます応用されている。 NLPは我々がこの世の中で本当に望ましい結果を創造する実際的な技法であり、人々にとって価値を生み出す手順でもある。これは卓越したものと平凡なものとの違いを研究することである。そして、教育、カウンセリング、ビジネスおよび治療にきわめて有効な技法を提供するのである。 NLPは自分のうまくやったことを解析し、繰り返しできるようにする。これはあなたの才能を見つけ出し発展させる方法であり、人間に潜む最善のものを引き出す方法である。 本書の内容に関して最も重要な質問は、「役に立つか?」「うまくいくか?」である。やってみて何が役に立つか、何がうまくいくかを見つけてほしい。もっと大事なのは何がうまくいかないかを見つけることだ。そのときはうまくいくまでやり方を替えることである。それがNLPの精神なのだ。 本書の目的は、増加の一途を辿っているNLPに興味を持つ人たちと話し合っているうちに感じられた要望に応えることである。我々はこの分野の概観を伝えられるような本を目指して書き始めた。これによって、人の思考過程に関する考え方や、人が現に変化し得ることに我々が感じている興奮を分かち合えるはずだ。変化のための道具として容易に応用できるように、最も役に立つ技法や形式やテクニックの大部分を網羅した。通読された後は参考書として役に立つであろう。 ※本書は『NLPのすすめ――優れた生き方へ道を開く新しい心理学』(株式会社チーム医療、1994年)の新装版です。 ●「エピローグ」よりこの本はここまでNLPの主な考えを実際的なやり方で述べて来た。NLPは論理的に発達したものではないから記述するのは容易でない。NLPを論理的に段階を踏んで描写しようとするのはホログラムを少しずつ分解して描写しようとするようなものである。だがホログラムの部分には全体が含まれているのだ。ここでNLPとその我々の文明における位置について最終のやや思索的な考察を加えてみよう。我々はNLPは次世代の心理学であると信じている。これは新学習パラダイムとか心理学の新言語とか呼ばれている。人間経験の構造のモデルとして、言葉の発明に匹敵する大きな前進であるかもしれない。少なく見積もっても、これは広い範囲のいろいろな分野で素晴らしい成果を挙げる手段を引き続き生み出していく強力な方法である。これは主観的経験とコミュニケーションに関するものだから、ある意味ですべてのことに関連し同時にいずれのこととも関係がない。グレゴリー・ベイトソンはNLPを「学ぶことを学ぶための最初の組織的な手がかり」すなわち、最初の実用的認識論であると表現した。 学ぶことはもはや十分ではない。学ぶことを学ぶことこそ必須である。あまりにも学ぶべきことは多く、それを学ぶ時間はあまりにも少ない。我々は単に知識や技術をどんどん取り入れているはかりではない。取り入れるスピードが加速度的に増加しているのだ。我々はローラーコースターに乗っているような発展の旅に出ている――初めはゆっくりとそして進むほどますます速くなる。しかも我々はまだブレーキを発見していないのだ。残念ながら知識と技術的ノウハウを単に集積したとしても、それを地球とそこに住んでいる皆の役に立つように使うための知恵をもたらしてはくれない。我々は利口かもしれないがまだ賢くはない。 巨大な変化が起きつつある。すべての科学的知識の90パーセントは今世紀の初めに生まれた世代の生涯のうちに集積された。子供時代に科学的フィクションだったことが科学的事実になるのを目撃した。逆説的なことだが知識が増えたために我々は一層無知と無能を感じている。知識が増えれば増えるだけその分我々は無知となる。というのは、我々が無知になるほど、きわめて簡単なことをするにも専門家に頼らねばならないからだ。 この知識と力の広大な拡張をもたらした科学と技術は、我々がようやく気がつき始めた不幸な結末を生じつつある。それはローラーコースターに乗ることを潜在的にきわめて危険なものとしている。出来事はあまりに速く進み、我々が進む方向をやっと初めて知ることができたのだ。テレビでブラジルの熱帯雨林が破壊されているのを目のあたりにすることができる。また、世界的な温暖化現象を新聞で読むことができる。さらに科学者たちはオゾン層の穴を監視することができる。今や、未来は変わるだろうかとか、どんな風に変わるだろうかという問題ではない。未来は存在するかどうかが問題なのだ。 世界は今やユートピア以外のもので満足するにはあまりにも危険である。 ―バックミンスター・フラー 周囲を見回して我々のうちの何人が見ているものに満足しているだろうか? 我々すべてが変化を求める圧力をますます感じている。そして我々には、もし止め度もない技術と力のローラーコースターが地球を破滅に追い込むほど押さえが効かなくなるのでなかったら、一人一人が果たすべき役割があるはずだ。我々は押さえ込まねばならない。飛び降りるわけにはいかない。問題は、いかにして? である。 社会の発展を可能にする創造性の源泉は個人である。そして、社会の意識のレベルを構成するのはその社会に属する個人の意識のレベルである。 社会の変化は個人の変化から始まる。我々は多くの社会およびエコロジーの問題に直面している。これらの問題に効果的に対処できるような社会を建設するとすれば、我々は今行動を起こさねばならぬ。時間が経つにつれ、そして知識が増すにつれ、二つの問題の解決がますます緊急のことになる。知る価値のあることは何か? する価値のあることは何か? 我々は科学と技術の産物によって外界を荒廃させてしまった。この科学と技術を我々のものとした態度と世界観は、我々の文化に深く根を下ろし、我々の内的世界に深刻な影響を与えている。 科学は数学的な法則と理論を打ち立てるために、自然に対する統制され、反復可能な一連の実験を用いることで発展してきた。人は実際的な意味で、もはや自らを自然の一部とは考えなくなった。実験者である人は実験装置である自然から離れていなければならない。しかも、彼は実験そのものが自然を変化させあるいは実験結果に影響を与えることを認めようとしない。なぜならそれは客観的であるという主張を捨てることになるからだ。客観的結果を獲得しようとすることは、もう一人の実験者が最初の実験者を追跡調査しなければならないことを意味するであろう。これは、画家が自分自身を含んだ景色を描こうとするような、不可能で際限のない後退をもたらす。彼は絵を描いている画家を描くことは決してできないのである。我々は自然を、一つの有機体としてでなく、法則を外部から押しつけられた機械として扱うようになってしまった。 機械は本質的に予言可能でなければならない。理論上はすべての法則を見つけ、細部を発見しさえすればよい。かくて狩りは続けられ、ますます完璧な自然の絵が描かれて、画家の姿は忘れられてしまった。 知識は経験から断絶された。それは間接的に学ぶものであり、我々と離れたところに存在し、常に成長を続けている抽象的な理論の塊であった。肝心なのは理論という最終産物であってそれを学ぶ経験ではなかった。 知識を客観的にする方法は貴方が扱える知識を厳しく制限する。極端な場合、感情、芸術、そして人間関係は主観的経験に依存するという理由で低い価値しかないとされる。科学的法則はもはや人間の経験という実世界と無関係になってしまったようである。 科学的理論は世界についての隠喩であって真実ではない。絵画が風景を写す一つの方法であるのと同様に、それは世界について考える一つの方法にすぎない。我々は今までの世界について考える方法がある方面では有用であり、他の方面では破局的であることに急速に気がつきつつある。 予言可能で客観的な世界の隠喩が物理学の量子理論によって揺らいでしまった。より深く研究すればするほど、観察者は観察する物に影響を与え、観察者は科学の実験に取り込まれた一部になることが明らかになってきた。光はどういう実験をするかによって粒子になったり波になったりする。貴方は粒子の位置といつそこにいたかを同時に確定することはできないのである。世界は基本的に不確定である。量子物理学は有力な科学的隠喩としての機械仕掛けの宇宙を押し退けつつある。 新しい探求とシステム理論という考え、およびカオス(混沌)と秩序の研究が最も簡単なシステムにおいてさえあらゆる変数を追跡することはできないこと、そして、わずかの変移がシステム全体に変化をもたらし得ることを明らかにしつつある。これは革命の始まりである。我々の世界の見方全体を変えつつある。 カオスとは、いわゆるバタフライ効果によって象徴される予言可能な偶然である。これはアメリカの気象学者エドワード・ロレンツの「ブラジルでの蝶々の羽ばたきがテキサスで竜巻を起こすか?」という談話に因んで名付けられた。ロレンツは天気予報のコンピューター・モデルを操作していた。彼は長い数字の列を打ち込むのに飽き飽きして、小数点以下の何ケタかを省略しても変化は起きまいと思った。ところが驚いたことに、これで世界の天気予報がひっくり返ってしまったのである。適切な場所でのわずかな変化が巨大な影響を及ぼし得るのだ。このことは自然界全体が一つのシステムであって、我々が過ちを犯さずに実験を仕掛けられるといった、我々から分離したものではないことを如実に示している。グレゴリー・ベイトソンは��Steps to an Ecology of Mind〔精神の生態学〕�瓩箸いλ椶涼罎如屮轡好謄爐涼侶辰鮖�たない者はいつも罰せられる」と言っている。 これらの新しい科学的隠喩は我々を再び自然の一部として受け入れてくれる。同じように隠喩としてのNLPは我々を主観的経験へ結合し、我々の内的経験のシステム的な性質を表現する。 我々は今や外的世界の複雑さについて知っている。また、見えざる観察者としての我々が外的世界に与える影響についても知っている。我々の考え方の影響は外界に忠実に映される。宇宙は完璧なフィード・バック装置である。我々が考えることを我々は手に入れる。世界を変えたければまず我々が変わらねばならぬ。もし我々が深い知恵をもって外的世界に影響を与え、それを形づくるとしたら、我々は自身の内的経験を探求し、変化させなければならない。 主観的経験を研究する方法としてのNLPは我々に自分自身を探求することを可能にしてくれる。というのは、我々がどのようにモデルをこしらえるかを研究するからである。それは我々が既に持っているモデルを奪うこともないし、現実と混同することもない。 これは卓越性を創造する方法として、あらゆる分野に浸透し、影響を与えつつある。ある意味でこの過程が完成したときは、NLPは独立した科目として存在しないことも考えられる。これはちょうど、生徒たちがもはや自分で学習できるので、自分を無用の長物にすることに成功した教師のように、日常生活に同化してしまうであろう。 NLPは堅実に勢いを増しつつある運動の一部である。洗練性と賢明さとバランスの伴った技と知識を用いて、もっと効果的にこの世で活動しようという運動。我々はバリ島人の格言「腕こそ劣るが、一生懸命やるだけだ」に多くを学ぶ。 我々は我々自身と、美しく、魅惑的な果てしない驚異の世界に目覚める我々の能力を発見しつつある。 目次第1章 NLPの主な考え方への導入と概観――現在の状態から望ましい状態へ変化する法。目標。コミュニケーション。ラポールを得るには。人々は皆世界を理解するための独自の地図を持っている。「NLPとは何か? カリフォルニア・サンタクルズ、一九七二年 サンタクルズ、一九七六年 地図とフィルター 学習、反学習そして再学習 学習の四段階 3分間セミナー 目標 現在の状態と望ましい状態 コミュニケーション ラポール ペース合わせとリード」 第2章 考えるために内的感覚をどう使うか。言葉と思考の関係。相手がどの内的感覚を用いているかを知る方法。 第3章 心の状態について――いかにして喚起されるか? 適切な刺激(アンカーという)を用いてリソースに富んだ心の状態を手に入れる方法は? 第4章 単純な因果関係として物事を考えず、システムとして見る。環境、行動、能力、信念、そして自己同一性を関連づけたロバート・ディルツの最新の仕事を紹介する。 第5章 言語が我々の経験をいかに制限しているか。どうやってその制限を乗り越えるか。メタ・モデルは人々が語る言葉を明確にするための鍵となる質問を体系的にしたものである。 第6章 相手の経験に一致する曖昧な言葉を巧みに使って、相手の無意識に蓄えられたリソースを引き出す方法――世界的に有名な催眠療法家のミルトン・エリクソンに因んでミルトン・モデルと呼ばれる。その他、隠喩やリフレーミングや時間の主観的経験について学ぶ。 第7章 さらに多くのNLPの応用を学ぶ。例えば、葛藤、連携、価値、ビジネスにおける柔軟性。会議を効果的に行なう法。困難な状況で合意に達する法。 第8章 NLPによる心理療法と個人の変化を扱う。古典的なNLPの技法――スイッシ、恐怖症の治療。内的不一致(葛藤)の解消。 第9章 思考の戦略について。有名な綴り方の戦略を含めた実際的な例を挙げる。音楽的記憶の戦略やウォルト・ディズニーをモデルにした創造性の戦略も扱う。 エピローグ NLPが我々の文化の変動をいかに反映するか簡単に推測してみよう。我々の思想という内的な世界での変化過程が外的な世界での激しい変化をいかに映すか。 著者紹介○ジョセフ・オコナー(Joseph O'Connor)世界的に著名なコーチング/NLPトレーナー。ジョン・グリンダー、ロバート・ディルツおよびシャーロット・ブレットの元で1988年にプラクティショナー、1990年にマスター・プラクティショナーを取得。その他リチャード・バンドラー、タッド・ジェームス、アンソニー・ロビンスなどに師事。教育、音楽および公演芸術にNLPを応用することに興味を持ち、音楽家や音楽教師のためのトレーニングと同時に、ジョン・セイモア協会のNLPトレーナーとして活動を始める。その後、全米、香港、シンガポール、ニュージーランドおよび多くのヨーロッパの国々でNLPトレーニングを開催。また、トレーナーやコンサルタントとして、シティバンク、ブリティッシュ・エアウェイズ、ヒューレット・パッカード・インヴェント、国連工業開発機関(UNIDO)のウィーン本部など多くの企業・団体に関わる。 著書は17冊あり、世界で最も売れたNLP学習書籍、システム思考とコーチングに関する書籍が含まれる。25の言語に翻訳されており、米国以外で出版されたNLPに関する書籍の最初の著者でもある。中でも本書は、NLPを学ぶための基礎的な参考図書として10年以上にわたり使用され、発行部数は50万部以上。日本では他に“NLP Workbook”(邦題『NLP実践マニュアル』)、“CoachingWith NLP”(邦題『NLPでコーチング』)などが出版されている(いずれもチーム医療刊)。 ICNLP(International Community of NLP)、およびICC(International Coaching Community)設立者・会長。王立音楽院認定有資格者。人類学理学士。 ※株式会社チーム医療サイトより ○ジョン・セイモア(John Seymour)生物学で学位を持ち、教育学で二つ、人間学的応用心理学で一つの大学院卒業資格を持っている。最初のNLPトレーニングをサンタクルズのカリフォルニア大学で、1984年にジョン・グリンダーから修士レベルまで、1985年にリチャード・バンドラーから練士レベルまで習得した。それ以来彼はNLPを教えることを本業とし、今までに数千人の人々をNLPの世界に導き入れる役割を果たしてきた。1985年に高級かつ上質のNLPトレーニング・コースを提供するためにジョン・セイモア協会を設立。成人教育教員専門学校で助講師をし、個人や諸機関のコンサルタントを務める。 ※本文より 訳者紹介橋本 敦生(はしもと・あつお)1930年生まれ、横浜市立大学卒。湘南内科医院院長。 著書に『テンゲングラム:お江戸[12タイプ]性格診断』(2014、春秋社)、『よなげる 生きづらさが嘘のように消える じぶん改革』(2018、幻冬舎)。監訳書に『RESOLVE 自分を変える最新テクニック――神経言語プログラミングの新たな展開』(2003)、『NLPハンドブック――神経言語プログラミングの基本と応用』(2006)、『こころを変えるNLP――神経言語プログラミング基本テクニックの実践』(2007)、『医療・看護・ケアスタッフのための実践NLPセルフ・コーチング』(2008)、『クリーン・ランゲージ入門』(2010)、『ヒーローズ・ジャーニー:NLPとエリクソン催眠による苦境を乗りこえる4日間ワークショップ』(2011)(以上、浅田仁子訳、春秋社)。 (フェニックスシリーズ 86) 読者のご意見外部からの刺激をどう認識しているのか、内的システムでどう経験や記憶を想起しているのか、思考を言語や行動としてどうアプトプットするのかといった人間の認知機能について著者の切り口で表現し、それをいかに実世界に生かすとよいのかを検証した本です。 ...もっと見るそのほかのお薦め
ベテラン度:
★★★
ベテラン度:
★★★
|
|